が、こういうところで変化が起きているということが今、言えるわけです。
こういう状況を調べていくと、我々の中で今、最も問題になっているのは、二酸化炭素の増加です。今から16万年前から14万年ぐらい前には二酸化炭素がうんと増えて、温度がこんなに高かったのです。その後だんだん温度が下がってきて、今から4万年ぐらい前にうんと寒くなったというのは、実は温度が下がった。2万年前に一番下がったのです。この時たくさんの人が住んでいる。もちろん二酸化炭素も下がっています。現代になってまた上がり始めたのですが、16万年前よりは低いです。
地球というのはいつもこれを繰り返しているわけです。ですからこのシルクロードというのは、実はそういう変化をたくさん受けたところだろうというのが私たちの推定であります。
もう一度お見せしますと、こちらからこちらへ移動して、こちらへ拡散していった時代は4万年前とか2万年前とか、大体推定がついているわけです。特にここは、ですからいつ頃から活発だろうかと、歴史の上の記録としては大体3世紀から4世紀ぐらいだったのでしょうけれども、この活発な時代を調べてみれば、シルクロードの時代というのが非常に明確になってくると思います。
それがここにありますように、この地域だけ限って見れば、非常に細かく調査するとシルクロードの見方が変わってくる。それで今世紀の初めに気候歴史学というのがありました。こういう学問が注目されるようになった。これはもう時間がないので、画像だけお見せします。いつ頃どこがどのくらい温度が下がったのか、4千年前、6千年前にどこがどういうふうに変化したのだろうかということが、たくさん推定されたわけです。これは世界についてです。こういうような非常に細かな分析が行われました。
その結果、気候の変化というのは非常に重要なことがわかります。地球の周りに帯状に空気が回っています。飛行機に乗るとジェット気流というのがありますが、ジェット気流で西から東に行く時は早いのですが、逆に東から西に来る時は飛行機は遅れるわけです。6時間飛んで1時間ぐらい遅れてしまう時があります。そのくらい激しい気流が実は帯状になっていると同時に北へ行ったり、南に行ったり上下動をするのです。特に重要なのはチベット高原を中心にしたところですから、その変化がタクラマカン砂漠やなんかに大きく現れたり、天山山脈の温度が下がったり、コンロン山脈の温度が変化したり、パミール高原の水の量が変わったりするのは、実はこういう気流の動きなのです。
アジア・モンスーンというのは、そういうところで南のほうに蒸発して発生したものが、前にヒマラヤという高い壁があるので越えられないで、ヒマラヤに沿って西のほうへずれてきたのがこれがモンスーンです。アジア・モンスーンというのはこの水によって恵まれているのです。そのために今度は上のほうのタクラマカン砂漠や何かには水が行かなくなってしまう。これが乾燥の一つの理由であります。こういうのが明確にわかってきたのです。
こうなりますと、文明の変化というのは、これは乾燥しているところと乾燥していないところが時とともに変わるわけです。こういう状況が幾つかの変化でありまして、文明の定着したところが、やはり住みやすかったところだろうということが、この気候図というのから逆に推定できるわけです。
それからインディアンが、南米に移動してインディオになっていく過程が、大体ロッキー山脈にたまっている雪と、それからこちらのメキシコ湾から上がった水がその境目を通って、下へずっと拡散していった状況からも推定されました。
こうやっていろいろなことがわかると、こういう気候図をもとにしていろいろな推定をしますと、これはB.C.1500年頃、スキタイはどうやって動いていったか、それからケルト人の動き、それからアーリア人がどちらへ移っていったのだろうか、これと気象とを合わすと、人類の移動というのが非常によくわかるわけです。
こういう状況から歴史上に残る、これはあくまで推定で言ったわけですから、今度は歴史上
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